【歌舞伎演目】熊谷陣屋|中村吉右衛門の名演に涙が止まらない

 

こんにちは、パープルです。

 

今年の2月に歌舞伎座で行われた二月大歌舞伎。

その中の演目の1つ、『一谷嫩軍記  熊谷陣屋』を観てきましたので、今回はその感想を書いていきます。

 

涙なしには観られない、本当に素晴らしい芸術作品。

 

私はこの作品が大好きです。

 

熊谷陣屋が描く深いかなしみ

『熊谷陣屋』という作品は、とても哀しい作品です。

 

私はこの作品を、『わが心の歌舞伎座』という歌舞伎座のドキュメンタリー映画で知りました。

 

 

その中にある中村吉右衛門さんの章で、吉右衛門さんがこの熊谷陣屋を演じられているんです。

 

映像はダイジェストで、

登場シーンから、有名な制札の見得のシーン、花道を去っていくラストシーンなどの断片的な映像でしたが、

ナレーションもあってとても分かりやすく、私はその数分間の映像だけで涙があふれてしまいました。

 

 

この作品を知っている方ならご存知の通り、とても悲哀に満ちた作品で、こんな悲しいことがあるのかと思うくらいの身につまされる内容です。

 

だけど、じゃあただ暗い作品なのかというと全然そんなことはなく、

大きな悲しみに包まれはしますが、

それをただ暗い作品で終わらせないのは、

主役の熊谷次郎直実や妻の相模の大きな大きな愛や、

人生の無常という壮大なテーマをこの作品が孕んでいるからです。

 

 

私は実際に歌舞伎座で観て、こんなに深くて美しい作品があるのかととても感動しました。

 

かなしみというのは、喜びよりも心を刺してくる感情だと思います。

 

人間である以上、絶対に避けて通れない感情ですよね。

 

だからこそ、この作品が多くの人の心にいつまでも残るのではないでしょうか。

 

中村吉右衛門さんの名演に涙が止まらない

「もはや神の領域」なんて言う人もいる、人間国宝、中村吉右衛門さんの熊谷陣屋。

 

 

私も生で観るのがとても楽しみで、この日は1階席の花道近くの席を取りました。

吉右衛門さんが登場してくるところと、花道を去っていく姿をよく観たかったから。

 

 

舞台が始まり揚幕(花道の入口)に目を向けると、

中村吉右衛門さん演じる熊谷次郎直実が登場してきたのですが、

私はその瞬間の吉右衛門さんの表情が忘れられません。

 

この作品は、主君の命令で愛する我が子の首をはねた男の話が主軸になっています。

 

舞台が始まったときには、もうすでに熊谷は息子の首をはねた後という設定です。

 

なので、揚幕が上がった瞬間から熊谷は、ものすごい鬼気迫る表情をしていました。

 

これは先ほどのドキュメンタリー映画の中にある映像ですが、登場までの間、吉右衛門さんは裏でもう熊谷本人になっています。

 

だから、演技…なんていう言葉よりも、『憑依』と言ったほうがふさわしいくらい、吉右衛門さんの迫力は凄かったです。

 

 

そんな熊谷が花道を静かに進んでくる。

そのときの熊谷が発している雰囲気は果てしなく深い悲哀で満ちています。

 

主君の命令は絶対だった時代なので、自分がやったことは義に反することではありません。

 

だけど、16年間大事に育ててきた愛する息子を自ら手にかけるという行為は、

義だけで納得できるものでは当然なく、

なので熊谷の姿からは、

その内面の葛藤や苦しみが覇気のように発せられています。

 

 

私は、演技といえども、その雰囲気を自分から発しているって本当に凄いことだなと思うんです。

 

演技ってそういうことなのかもしれないんですけど、でもあの熊谷の心境は、並大抵の演技なんかじゃ絶対に表現できないはずです。

 

だからこそ、演技というよりも憑依レベルでされているんじゃないかなと思うんです。

 

あんなとてつもなく重たく深い感情を出すって、演じる人間も並大抵の力量ではできないと思います。

 

登場シーンだけで吉右衛門さんの凄みがよく分かる場面でした。

 

 

物語は進み、いよいよ『制札の見得』がある首実検の場面。

首桶の蓋を取ると、そこにあるのは我が子の首。

 

それを見た妻の相模が驚き騒ぐのを、熊谷が「お騒ぎあるな」と制札を手に見得を切ります。

 

非常に素晴らしいシーンで、観客からは拍手と大向こうさんの掛け声が。

迫力を魅せてくれました。

 

 

その時の妻の相模の心境は、大きな驚きとショックで気を失ってもおかしくないくらいでしょう。

考えるだけで胸がえぐられるようです。

 

中村魁春さん演じる相模は、それから小さくなって体を震わせています。

 

我が子を失った苦しみで内面が押し潰されていること、でもそれを必死に表に出さないようにしているのが伝わってきました。

 

 

物語はいよいよ終盤。

 

息子を失い、生きる意味を失ってしまった熊谷は、髪を剃って出家します。

 

「息子が生まれてからの16年の月日が夢のように思われる」

と呟きながら花道を去っていく名場面ですが、

 

このときの直実は、

おそらく無常観に押し潰されすぎて、

心なんてどこかに失ってしまっているんじゃないかと思うんです。

 

愛する息子の命と、愛する息子との大切な時間を、

自分のこの手で奪った苦しみの中では、とても正気ではいられないんじゃないか。

 

私は自分に置き換えてみたら、とてもじゃないけど耐えられません。

 

熊谷は主君に対する忠義を最後まで果たしました。

そこで家来から一人の父親へとなった彼は、苦しさと悲しさでどうしようもなかったと思います。

 

考えただけでも胸が苦しい。

 

 

熊谷は深い悲しみと共に花道を去っていきます。

 

このシーンで私は、熊谷のかなしみが伝わってしまって、もう涙が止まりませんでした。

 

上演終了後も涙が止まらなくて、周りの人が動き出すのに困ってしまったくらい。

 

 

この作品の時代は源平合戦の頃ですが、戦で我が子を失うというのは現代の戦争でも起きていること。

 

第二次世界大戦では多くの親が息子を戦場で失っていますよね。

 

この熊谷陣屋でも現代でも、主君や国家への忠義という名目で、愛する命が奪われています。

 

そういうことを考えると、熊谷陣屋というこの作品には、より考えさせられるものがあります。

 

あなたは、熊谷陣屋からどんなメッセージを受け取るでしょうか。

 

最後に

というわけで今回は、2019年二月大歌舞伎で行われた『熊谷陣屋』の感想を書いてきました。

 

とても哀しく、深い無常観に包まれる作品ですが、とても美しい作品です。

 

私はなぜだかこういう悲哀系の作品がとても好きなので、この作品にもすっかり魅了されてしまいました。

 

吉右衛門さんの熊谷陣屋を観れて本当に幸せでした。

 

機会があればぜひまた観たいですね。

 

ありがとうございました。^^

 

 

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